代理人を通じて
株の世界でby proxyと言えば株主総会に代理人を差し向けること、あるいは代理投票することを指す。
この極めて法律用語的なby proxyという言葉が、通俗小説に登場する。それはレイモンド・チャンドラーの『大いなる眠り』。
物語の冒頭部分で大富豪スターンウッド将軍がウエスト・ハリウッドの邸宅の温室で私立探偵フィリップ・マーロウに二人の堕落した娘たちが引き起こしている醜聞の後始末を依頼する。
老いて両足の自由が効かなくなり、車椅子生活で、いつも寒いのでオーキッド(蘭)を栽培している温室で過ごしている。マーロウにブランデーやタバコを勧め、若い連中がそれをたしなむ様子を見ることだけが唯一の楽しみみというわけだ。
半世紀ほど前、『大いなる眠り』を読んだ時、ハッキリ言ってスターンウッド将軍の境遇についての記述はすっかり自分のアタマを素通りして、このキャラクターの持つ富と腐敗、衰退、さらには父権の崩壊という象徴的な意味には気が付かなかった。でも今となってはスターンウッドの心境が少しわかる気がする。
歳を取ると、もう新しい国や街には心を動かされない。気にかかるのは昔懐かしい思い出の場所ばかり。片面30分を再生し終わったレコード針が、自動的に戻ることをせず、ずっとノイズを再生し続けるように同じ場所に引っかかったままになるのだ。新しい一歩が…もう踏み出せない。
こうなると「自分の行けないところへ行き、自分がやることの出来ないことを自分の代わりにやってくれる誰か」が必要になる。振り返ってみると、ここ3年ほどは、そのような「代理人」を知らず知らずのうちに探し求め、彼らや彼女たちに夢を託すことだけが自分の楽しみになってしまっていることに気がつく。
若い人は感受性がみずみずしい。だから新しい経験や達成を素直に喜び、表現する。
また若い人は豊かな創造性を発揮する。たとえば下の画像は弟子のクリスティーナが始めたピラティス・スタジオだ。


